北陸の風土と歴史が醸す
冬のごちそう発酵食
かぶら寿し本舗かばた
かぶら寿し
11月下旬になると、北陸の空はどんよりと重い鉛色の雲に包まれます。「鰤おこし」と呼ばれる冬の雷が鳴るこの時期は、かぶら寿しの仕込みも最盛期。石川県の郷土料理として知られる「かぶら寿し」は、塩漬けした鰤を蕪で挟み、糀で漬け込む発酵食品です。鰤の旨みと蕪の歯ごたえ、糀の甘味と酸味が重なった深い味わいは、今も正月料理に欠かせないもの。北陸の冬と先人の知恵、糀の不思議な働きが作り出す、冬のごちそうです。
石川県民にとって寒鰤は特別な存在
ブリの旬は11月から翌2月にかけて。雷鳴が轟くようになるといよいよ冬到来です。漁が本格的に始まると、店先に鰤が大量に並びはじめます。昔から、暮れの祭事や贈答品に欠かせず、新婦の実家から嫁ぎ先へ贈る風習も残っているほど特別な存在です。出世魚として殿様への献上品として立派な鰤が献上され、厳しい冬を乗り越えるための保存食として重宝しました。
寒ブリは冬魚の王様とも言われ、冬になると日本海の北から温かい場所を求めて南下する途中に、能登半島にぶつかって氷見の海へと入ります。
丸々と太り、脂のりも旨味も冬のブリは別格です。
加葉田では、この頃揚がる天然の7〜8kgサイズの鰤を、地元の魚屋に目利きしてもらい買い付け使います。
かぶら寿しは、塩漬けにした蕪に、同じく塩漬けにした鰤を挟み、米糀と重ね合わせて漬け込みます。北陸の厳しい寒さと湿度が米糀の働きを助け、乳酸発酵が進むことで、独特の風味と食感を作り出すと考えられています。
塩漬けにした鰤は、身が硬くしまり旨みが凝縮しています。糀が生み出す酵素が、その鰤のタンパク質や脂から、さらに旨みを引き出します。蕪が持っている植物性の乳酸菌が働き、またその蕪に残っている水分が鰤をふっくらと復元させるのです。
在来種の蕪だから出せる
昔ながらの食感と味わい
もともとかぶら寿しは、家庭で漬け込んでいたものでしたが、今は漬物店や味噌・糀を扱う店などが作った、ご贔屓のかぶら寿しを買い求めることが、年の瀬の風物詩。
かぶら寿し本舗かばたは、大正14(1925)年創業。かぶら寿しを初めて商品化した漬物店。社長の加葉田恵子さんは、先代から受け継いだ作り方を守り続けています。
かばたのかぶら寿しは、在来種の「金沢青カブ」を使います。
皮は薄い黄緑色で肉質は硬めで繊維質。少し苦みのある蕪です。「今、かぶら寿しの多くは、やわらかい白蕪と青蕪を掛け合わせた蕪を使っています。金沢青カブを使うと、パリッと硬めでほんのり苦みを感じる仕上がりです。金沢に白蕪がなかった50年ぐらい前までは、地元のものをできた時期に食べていた…うちのかぶら寿しは、その時代のかぶら寿しです」。
金沢青カブを育てる契約農家、小林溥志さんは、加葉田さんの父の時代からのお付き合い。在来種は一本の畝に同時に種をまいても、同じように育ちません。1個ずつ成長の様子を観察しながら世話をし収穫していかなければならず、この金沢青カブの農家は、小林さん含めて2軒のみ。種は、この生産者たちが守り継ぐものしかありません。「手間はかかるね。でも、作り続けないと途絶えてしまうから」。小林さんの言葉には、加葉田さんと共通する使命感のようなもがありました。
大量生産はせず、
できる範囲で丁寧に
金沢市内にあるかばたの工場には、「お父さん」と呼ばれる鰤の仕込みの職人がいます。81歳の土田義直さんです。1度に100尾の鰤を仕込むという土田さん。まずは、三枚に卸した鰤1枚ずつにたっぷりの塩をすり込み、塩を敷いた大きなタンクに並べていきます。背と腹をバランス良く、重石をしたとき重力が均一にかかるよう高さを揃えて。再び塩を重ねて重石をし、約10日後、飽和状態の塩で硬く締まった鰤を引き揚げます。
皮を剥ぎ、血合いを丁寧に取り除き、2㎜の薄さにスライス。水分を吸うと倍の厚みに復元し、蕪の歯ごたえを受け止める食感になるそうです。外側をほんの少し薄めに仕上げると蕪の形にうまく収るのですが、魚の形はそれぞれ違うので、切りながら微妙に調整しているという土田さんに、切った塩漬けの鰤の切れ端をいただいてみました。確かに塩っぱいのですが、旨みがぎゅーっと凝縮していて、まるで生ハムのよう。1切れで日本酒2合はいけそうです。
蕪は、切り込みを入れて4〜5%のふり塩をして塩漬けにします。塩水につければ均一に塩がまわるのですが、そうすると水分を吸って蕪の味が薄くなってしまうので、かばたでは、ふり塩に。在来種は1個ずつ大きさや形が違うため、今はすべて手で切っています。挟む作業もひとつずつ蕪の大きさや切り込みの深さを指で確認しながら、鰤がはみ出ないように。蕪に残った小さな繊維を見つけると、骨抜きで取り除きます。
蕪と一緒に漬け込むのは、糀を自社で炊いた甘酒。鰤を挟んだ蕪を樽に時計と反対回りに、花のように並べ、その蕪の上に一握りの甘酒をのせるのです。在来種なので、蕪の大きさに合わせた量をのせるのは手加減。塗っていない部分が水の通り道になり、漬け上がりが水っぽくならないとのこと。漬け込んだら2〜3日は常温で発酵を促し、あとは氷温で保管します。
「昔ながらの味わいを大切に、うちは大量生産でなく、できる範囲で丁寧に作り続けていこうと思っています」。樽の中に蕪を美しく並べながら、加葉田社長はそう話してくれました。
お正月に加葉田のかぶら寿しをどうぞ
漬け込んでから約2週間。受け継がれた味を守り続ける人たちと、糀菌と乳酸菌が醸すかばたのかぶら寿しが、食べ頃を迎えます。
糀は取らずにそのまま召し上がってください。蕪の外側と中心部分がの食感の違いを楽しめるよう、扇形に切ります。
糀は生き物。発酵は徐々に進み、徐々に酸味が増します。少し酸っぱくなった方がお好きな方は、涼しい場所で数日置いていただくとよいと思います。酸っぱいのが苦手な方は、冷蔵庫のチルド室などに保存していただければ、多少発酵を抑えられます。お好みに合わせて、また味の変化も含めて、かぶら寿しをお楽しみください。
文・つぐまたかこ
撮影・品野塁